75年前の今日長崎にひとつの原子爆弾が落とされた
今から75年前の今日11時2分
長崎にひとつの原子爆弾ファットマンが落とされた
広島に次いでだ
これにより当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死亡
建物は約36%が全焼または全半壊した
今は亡き私の親父は長崎出身
当時マーカーで記した辺りで海水浴をしていたそう
が
あれだけのことが起きていながら親父は助かった
長崎特有の地形と稲作山のおかげなのか
投下地点から数キロ離れていて尚且つ裏側に面していたからのか
助かった
その後親父は何事もなく成長し
縁あって母と結婚し3人の子に恵まれた
が
他の病気で41という若さで他界した
もしかしたら当時
被曝していたんじゃないかと調べる予定だったと後から聞いた
もしそうだとしたら私を含め3人の子供は
被曝2世となってたかもしれないが
今となっては知る術もない
長崎と山口はとても遠い
なかなか行くことができないが
子供の頃
定期的に遊びに行き
平和公園で遊んだりしてたが
幼い子供の頃のこと
原爆のこととか見たり聞いてたと思うが
たぶん何も感じてなかったはずだ
あれから私も成長し少しずつ原爆投下のことについて触れることになり
広島のこと長崎のこと理解するようになった
8月9日今日
親父のこと思い出しながら
長崎のこと思い出しながら
毎年欠かさずブログに書き続けている
二度と同じ過ちが繰り返されませんように
2020年8月9日
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